バイト先で出会った元メンヘラ女性の話

私のバイト先に昔こんな女性がいた。
彼女は明るく華やかで、ユーモアがあり、誰とでもすぐに打ち解けられる優しい女性だった。
華やかな顔立ちに加えて金髪なため、彼女を見た人はみんなギャルと思うだろう。

地味で根暗な私は彼女を初めて見た時に「この人は良い人そうだが、仲良くなれないだろう」と思ったのを覚えている。
物心ついた頃から自分の容姿に自信がなく、華やかな同年代の子達から馬鹿にされてきた私からすれば彼女は異世界の人間すぎて、引け目を感じていた。

ある時バイトの新人研修で帰りが一緒になって、その流れで喫茶店でお茶をすることになって、深夜まで意気投合した。オススメの映画や、おすすめの本、オススメの音楽を紹介してもらって、彼女とイヤホンを片耳ずつ付けて音楽を聴いた。
長いフリーター生活に明け暮れ、バイトで親しい人ができたことのなかった私からすればすごく新鮮だった。
ああ、なんだ思ってたより悪い人じゃないじゃん!と彼女を誤解していたことを後悔した。
それから彼女とはバイト帰りに度々お茶をするようになった。カラオケに行ったり、ケーキを奢ってもらったり、彼女の家に泊まりに行ってゲームしたり……本当に楽しかった。

しかしある時、私が彼女に「私はちょっと精神を患ってるところがあるんだよね」と言うと、「私も実は精神病を患ってたことがあるんだ」と打ち明けられた。
この時こんな話をしなければ彼女はバイトを辞めなかったのかもしれない。

彼女は境界性人格障害寄りの、特定不能の人格障害を患っていた時期があるのだという。どの人格障害の定義にもそのまま当てはまるわけではないが、様々なパーソナリティ障害の特徴を混合した病状だったらしい。
今でこそ落ち着いているが、一時期は自殺未遂、措置入院、風俗勤務、男遊びなど非常に荒れた生活を送っていた時期もあったという。

彼女は全くそんな風には見えなかった。明るくて、優しくて、面白くて、人格障害のように人を振り回す気配は一切なかった。
彼女の話によればほぼ病気は完治していて病院からも通院する必要はないと言われていたらしい。
ただ、優しい振る舞いとは裏腹に非常に短気でキレやすく、他者からちょっとした注意を受けることですぐに嫌になり、転職を何度も繰り返してきたのだという。

彼女は優しく面倒見が良かったが、それは彼女の人格障害の症状からくるものだった。人格障害の患者には様々なタイプがあるが、彼女の場合は「依存強化型」にあたるのだろう。

境界性人格障害は家庭環境から来る愛着障害によって人格形成に失敗した人がなる病気だ。彼らは不安定なアイデンティティを保つために特定の他人に寄生する習慣がある。その寄生の仕方は様々であり、彼女は他人の世話を焼くことで「他人に頼られ必要とされる優しい私」という自己を保っていたわけである。
これだけならば実害はないのだが、実は人格障害者が相手の場合は違う。彼らを助けるフリをしつつ、彼らの自立を妨げ、自分を頼るように操作する。要するに、本当の意味で彼らを支援するのではなく、悪循環に陥るよう共依存に導くのである。

彼女はその性質のせいか、いわゆるダメ男とばかり付き合っていた。パチンコばかりで金の管理ができない男に風俗で稼いだお金を貢いでいたり、DV男と付き合って暴力を振るわれてるのにも関わらずなかなか縁を切れなかったりと、結構苦労していた。しかしこの荒んだ関係も彼女が無意識に望んでいることなのである。彼女はダメな人間の世話をすることで自分の存在価値を確かめていたのだ。

私は彼女と関わるうちに「これ以上関わってはいけない…」と強く思うようになった。彼女からしてもらった恩はたくさんあるし、実際彼女は害のある振る舞いは何もしていない。しかし、彼女にターゲットにされかかっているのは事実だった。

だが、私のその気持ちを察したのか、彼女はあまり連絡をしてこなくなった。そしてある日から「メニエール病にかかったのでバイトに来るのが難しい」とバイト先にあまり来なくなってしまったのである。
私はこのメニエール病に罹ったというのも嘘だと思っている。私は彼女が友達とドライブに行ったのを別のSNSの投稿で知っていたからだ。バイトに来れないほどの立ちくらみや吐き気を患っているのなら、ドライブに行かれるはずもないからだ。
そして私と最後に接した日、「○○(私の名前)仕事できるようになってきたね」「もう私がここにいなくてもお店は回ってくね」と寂しそうに言っていた。彼女はそれを最後にバイトに来なくなり、何も言わずに辞めた。

彼女がいなくなってから正直心細い気持ちはあったが、バイト先の人達と満遍なく仲良くなれた気がする。
彼女に申し訳ないという気持ちが全くないわけではない。彼女は実害がある訳ではなかった。しかし深い闇を抱える彼女に踏み込む真似はしてはいけなかったのだ。彼女の語る言葉は嘘ばかりだったし、そこまで信用していなかった。あれ以上共依存関係が長引いていたらとんでもないことになっていたかもしれない。